産業を興すために選ばれた「牛」という選択
「うし源」瀧口佳徳氏
うし源の創業は、単なる家業の継承ではない。
初代は秋田県の出身。名古屋で畜産の修行を積んだのち、縁あって奈良・宇陀の地に招かれた人物だった。
「当時、この地域では次の産業を何にするか、有権者たちが本気で考えていたそうです。奈良の産業史を紐解くと、畜産や繊維業が大きな役割を果たしてきたことがわかります。グンゼの工場があったのも、このあたりでした」
産業革命後、日本が大きく転換期を迎えていた明治初期。
鎖国が解かれ、文化や産業が全国に広がるなかで、奈良という土地に新しい産業を根付かせる。その役目を担ったのが、初代・うし源だった。
「跡継ぎではなかった初代が“この土地で産業を興してほしい”と声をかけられた。その背景を、オーベルジュ構想を進める中で改めて知りました」
「もし初代が生きていたら」──経営判断の軸
榛原駅からほど近くにある「うし源」
榛原駅からほど近くにある「うし源」
「これまでは、自分の牛のすばらしさをどう伝えるか、という思いが強かった。でも今は、地域にどう貢献できるかを強く意識しています」
その考え方を、瀧口氏は「利己と利他」という言葉で表現する。
「自分は圧倒的に利己だと思っています。まず自分の事業を確立し、経済性と生きがいのバランスをとる。その姿を見て、次の世代が“継ぎたい”と思ってくれればいい。結果として、それが地域への貢献になる」
奈良県100年史や各種資料にも記録されている、当時の産業興隆の動き。
それを“物語”としてではなく、“経営判断の根拠”として捉えている点が、瀧口氏らしい。
肉屋としての矜持──「毛の黒い牛がいなくなるまで」
お肉屋さんとしての矜持を語る瀧口氏
19歳で起業し、30年。
うし源の歩みは、日本の食肉流通の大きな変化と重なっている。
スーパーマーケットの台頭、個人商店の減少、輸入自由化による安価なアメリカ産牛肉の流入。
100g100円の牛肉が当たり前になった時代、家族会議で「これからどうするか」を真剣に話し合ったこともあったという。
「売り場の半分を輸入牛、半分を自分たちの売りたい肉にする、という案もありました。でも祖父が言ったんです。
『日本に毛の黒い牛が一頭もいなくなるまでは、舶来の牛は売らない』と」

開店当時の「うし源」
包装紙を巻けば、たとえ中身が違っても「うし源の肉」になってしまう。
ギフトとして誰かの手に渡る以上、そこに嘘はつけない。
「貧しくても、自分たちが売りたいものを売る。その姿勢だけは、ずっと変えていません」
大和榛原牛が持つ、三つの魅力
「うし源」が誇るローストビーフ
うし源が誇る「大和榛原牛」。
その特徴は、瀧口氏いわく「赤身の味、霜降りの質、そして和牛香」の三つだ。
「世界的に見ると、和牛は霜降りの文化ですが、個人的には“赤身の味が濃いもの”こそが和牛だと思っています」
和牛香は、和牛特有の香り。
ホルスタイン、交雑牛、それぞれに違いがあり、瀧口氏にははっきりと分かるという。
安全性についても、長年独自の考えで向き合ってきた。
「法律や検査上の“安全”と、料理人が考える“安全”は必ずしも一致しません。
抗生物質や添加物、遺伝子組み換え表示の問題など、日本は“真の意味での安全”を見失いがちだと感じています」
安全は前提。その上で、おいしさをどう守るか。
それが、うし源の肉づくりの根幹にある。
ウェットエージングという選択
ふるさと納税返礼品にもなっている熟成牛肉
熟成方法にも、明確な哲学がある。
「和牛はドライエージング向きではありません。圧倒的にウェットエージングが合う」
25日から45日程度の熟成期間を設け、実際に食べながら最適解を探る。
理論だけではなく、経験と舌で確かめる姿勢が貫かれている。
オーベルジュ構想──奈良のすばらしさを伝える“場”
近く、オーベルジュとしてオープンする古民家
現在進めているオーベルジュ構想のテーマは、「奈良のすばらしさを伝える場所」。
「これまでは日本のすばらしさを世界に、という意識が強かった。でもこれからは、地元・奈良に目を向けたい」
器や家具、建材に至るまで、奈良や吉野の作家・素材を積極的に取り入れる。
食だけでなく、空間全体で文化を伝える場所を目指している。
土地の風土が育てる牛の味
牛にとっての最適な生育環境を語る瀧口氏
宇陀は、超軟水、寒暖差のある盆地、静かな環境。
牛にとってストレスが少なく、畜産に適した土地だ。
「林業と農耕が盛んで、藁も豊富だった。ここは“牛を育てるべくして育てられてきた土地”なんです」
次の100年へ──価値あるものを、形にして伝える
もともとは古い医院だった場所がオーベルジュになる
日本酒の酒販免許取得、大和当帰を使った商品開発、吉野材の活用。
瀧口氏の視線は、常に「この土地に本質的な価値があるか」に向いている。
「宿泊事業に取り組むのも、これまでと違うお客さんと出会えるから。
奈良には、まだまだ伝えきれていない価値がたくさんあります」