鹿の革から、羊のムートンへ。宇陀に息づく皮革の記憶
株式会社マスダ 升田順一氏
宇陀という土地は、古くから「革」と縁の深い場所だった。
株式会社マスダの升田順一氏が語るのは、日本ではあまり知られていない、鹿革文化の歴史だ。
「日本はもともと動物の毛皮を日常的に使う文化がなかった国なんです。でも、このあたりでは鹿の革が使われていました。鹿革は繊維が細かくて、薄くても強い。いまで言うと炭素繊維のような存在ですね」
鎧や兜、剣道や弓道の武具、正倉院の収蔵品にも見られる鹿革。
その技術の延長線上に、後の毛皮加工があった。
升田氏の父が丁稚奉公に入ったのも、鹿革を扱う工場だった。
やがて昭和30年代、毛皮加工が広がりを見せるなかで「羊」という素材に出会う。
「毛皮のなめし加工をやっていくうちに、羊を扱うようになった。それがムートンですね」
ムートンという素材の、本当の力
ムートンの重要性を語る升田氏
現在、国内で羊のなめし加工を行っている工場は、実質的に株式会社マスダのみだという。
量を追わず、持続できる形で技術を残す。その選択の背景には、素材への深い理解がある。
「ムートンは、加工していない“生きたウール”なんです。スプリングコイル状の毛が、無数の点で体を支える」
介護や医療の現場でムートンが評価される理由も、そこにある。
寝たきりの人でも血流が保たれ、床ずれ(褥瘡)が起きにくい。
それは理論ではなく、使った人の実感として伝わってきた。
「狙ってやってきたわけじゃないんです。でも、使った方から“全然違った”“冷えが改善した”と聞くと、ありがたいなと」
ウールは吸湿性が高く、湿度と温度を一定に保つ。
その特性は、健常な人にとっても“深い眠り”につながる。
価値がわかるのは「二回目」
触るとわかる独特の弾力
ムートン製品の真価は、使い続けた先にあると升田氏は言う。
「一回目は気持ちいい、で終わる。でも、二回目なんです。買い替えるときに、あの感触がよみがえる。そこで初めて価値がわかる」
新品のムートンには、独特の弾力がある。
羽毛とは違い、やさしく押し返されるような感覚。
その“圧”こそが、体を点で支えている証でもある。
原料となる羊皮は、オーストラリア・ビクトリア州産。
食肉として流通する羊皮の中から、年に一度のタイミングで最良のものだけを選び抜く。
「結局は目利きです。魚と一緒ですね」
宇陀で続ける、という選択
宇陀におけるムートンの未来を従業員と一緒に紡いでいく
ふるさと納税の返礼品として選ばれる人は、多くはない。
それでも、探し当てた人が「ここにたどり着いた」と語る。
「ムートンって、普通に探してもなかなか出てこない。でも、それでも選んでくれる人がいる」
過疎と高齢化が進む地域で、外国人スタッフも迎えながら技術をつなぐ。
職人の勘に頼りきらず、未来につなげる形へと少しずつ変えていく。
「大きくしたいわけじゃない。続けていけることが大事なんです」
まとめ
宇陀とともに息づくムートン文化
鹿革から始まり、羊のムートンへ。
宇陀の風土とともに磨かれてきたそのぬくもりは、使う人の時間のなかで、静かに本領を発揮する。