三輪の時間が育てる一筋――芳岡三輪そうめんが守り続ける「ゆっくり」の哲学
「株式会社芳岡」芳岡弘泰氏
奈良・三輪は、日本の食文化の源流のひとつとされる土地だ。相撲、日本酒、茶、そしてそうめん。なかでも三輪そうめんは、1,200年以上前に中国から伝わったとされ、日本最古のそうめん文化を今に伝えている。
その伝統を現代に受け継ぐのが、宇陀市に拠点を置く株式会社芳岡。芳岡弘泰氏は、「そうめんは、急いだら負け」と語る。
三輪そうめんの原点と、芳岡がこの地で続ける理由
手延べ三輪そうめんの製造工場
三輪そうめんの起源には、疫病や飢饉に苦しんだ時代、神社の関係者が生きる糧として小麦を育て、湧き水で練った食べ物を作ったという説がある。伊勢街道を通じてその製法が各地へ伝わり、やがて揖保乃糸などの産地が生まれた。しかし「発祥は三輪」。この事実は、地元ではよく知られている。
三輪そうめんの大きな特徴は、生産者名で販売できることだ。つまり「芳岡の三輪そうめん」として世に出せる。一方で揖保乃糸は統一ブランドのため、作り手の顔は見えにくい。その違いが、芳岡にとっては誇りでもある。
芳岡氏自身は、もともとハウス農家として野菜を育てていた。地場産業である「そうめん」と「木材」のなかから、そうめんを選んだのが転機だったという。
走らなければならない仕事――そうめん職人の現場
とにかく少しの距離でも走るのだという
「そうめん屋あるある、ってあるんですよ。とにかく走る」
芳岡氏は笑いながらそう語る。そうめん作りは、練って、延ばして、寝かせてを何度も繰り返す工程の連続。その一つひとつに“待ち時間”があり、少しでも油断すると熟成が進みすぎてしまう。
工場内を走り回るのは、せっかちだからではない。一瞬の遅れが、麺の命取りになるからだ。
湿度や気温にも神経を使う。雨の日は特に難しい。湿度が高すぎると乾燥が進まず、逆に乾きすぎてもダメ。冬の寒さは味方だが、近年の温暖化で3月以降の製麺は難しくなってきている。
外干し、寒作り――効率よりも味を選ぶ
宇陀の寒気にさらされる三輪そうめん
芳岡では、現在では珍しい天日干しも行っている。保健所的には問題ないが、業界全体では室内乾燥が主流だ。
「砂浜の干物と同じですよ」と芳岡氏は言う。自然の風が、麺に独特の締まりを与える。
さらに、芳岡が守り続けているのが昼夜寒作り製法。通常なら1日で仕上げられる工程を、あえて2日かける。
このひと手間によって、麺にしっかりとしたコシが生まれる。興味深いのは、「1日仕込みのそうめんを1年寝かせた状態」と、「寒作りで2日かけたそうめん」が、ほぼ同じ状態になるという話だ。
時間が、味をつくる。その象徴のような製法である。
原材料と「白すぎない色」の理由
ふるさと納税の返礼品『三輪そうめん』
三輪そうめんは強力粉を使うため、のどごしが非常に強い。一方、揖保乃糸は中力粉で、より風味重視。この違いは、食べ比べるとよくわかる。
色合いも特徴的だ。三輪そうめんは、わずかに黄土色がかっており、真っ白ではない。これは漂白などをしていない証でもある。
また、そうめん作りには国内小麦だけでは限界があり、乾燥工程に適した外国産小麦を使う理由も、率直に語ってくれた。
手延べとは何か――食べるとわかる違い
そうめんの最適な茹で方を語る芳岡氏
「手延べそうめんは、茹でると散らばるんです」
機械麺はどうしても固まりやすく、食感が重くなる。一方、手延べは一本一本が独立し、つるりとした喉越しになる。
さらに重要なのが洗い。茹で上げたあとに、しっかり揉み洗いすることで、油分が落ち、味が一段変わる。このひと手間を知っているかどうかで、家庭での体験は大きく変わる。
返礼品として伝えたい「まずは王道で」
芳岡が返礼品として届けたいのは、奇をてらった食べ方ではない。
まずは冷やしそうめん。冬ならにゅう麺。素材そのものの食感とのどごしを、まっすぐ味わってほしいという。
柚子皮を練り込んだ黄色いそうめん、青梅やブルーベリー、黒豆を使った色付きそうめんなど、地域とのコラボ商品も展開しているが、「基本があってこそ」と語る姿勢は一貫している。
宇陀という土地が、そうめんを育てる
宇陀の立地はそうめん作りに最適と語る芳岡氏
宇陀は桜井市よりも気温が低く、昼夜の寒暖差が大きい。山に囲まれ、極端に乾燥しないこの気候は、そうめん作りに適している。
夜中に麺の様子を見に行き、塩加減で熟成を調整する。その判断は、まさに職人の経験値だ。
私たちが夏に食べているそうめんは、実は前年の冬に仕込まれ、寝かされたもの。時間を味わっていることを、あらためて教えてくれる。
次の挑戦は「乾麺の中華麺」
今後の構想として芳岡氏が語るのは、乾麺の中華麺への挑戦。
宇陀の特産・大和当帰(ヤマトトウキ)を使った試作経験もあり、「そうめん×ラーメン」という新しい返礼品の可能性も見えてきている。