久保本家酒造|11代目が受け継いだのは、酒蔵だけではなかった
ロンドン駐在の元証券マンの久保氏
奈良・宇陀の地で300年以上酒造りを続ける久保本家酒造。11代目当主の久保順平さんは、もともとロンドンで証券マンとして働いていたという異色の経歴を持ちます。
「弟はアメリカ駐在で、もう一人は電気メーカー。自分が継がないといけなかったんです」と久保さん。実は当時、先代は廃業も考えていたといいます。戦後から昭和30〜40年代にかけて、多くの小さな酒蔵が大手メーカーのOEMとして酒を造ってきましたが、日本経済の安定とともに需要と供給のバランスが崩れ、姿を消していった酒蔵も少なくありません。
「昔はこの辺りも“酒蔵通り”と呼ばれるほどで、元禄時代の文献では20軒近くあったそうです。今は2軒だけですね」
奈良盆地と山間部の境に位置し、伊勢街道や熊野古道が交わる交通の要衝だった宇陀。町人文化が花開いた時代の繁栄とともに、酒造りが根付いた土地の歴史を、久保さんは静かに語ります。
「人生完全発酵」——久保本家酒造の揺るがない理念
「人生完全発酵」をポリシーに酒造りをおこなっている
久保本家酒造の根底にある言葉が「人生完全発酵」。
「自然界に“完全”はないんですが、理念として掲げています。酒造り、街づくり、人づくり。全部つながっていると思うんです」
久保本家の酒は、現在のトレンドである甘くフルーティな日本酒とは一線を画します。目指すのは、酵母が糖を食い切る“完全発酵”の辛口酒。
「料理を引き立てて、翌朝すっと目覚められる。そういうお酒ですね」
その思想は、酒造りの方法にも表れています。
江戸時代から続く「生酛造り」という選択
伝統的製法「生酛造り」で造られた日本酒
仕込みの約半分を占めるのが、江戸時代に確立された伝統的製法「生酛造り」。
「今の醸造法は、生酛造りを簡略化したもの。原点に近いのが生酛です」
自然界の微生物の働きを活かしながら、経験と感覚で酒母を育てる生酛造りは、完成まで最低70日。近代的な速醸造りよりも、倍近い時間がかかります。
「温度計すらない時代に、杜氏たちは酒を造っていた。その知恵が、文献や口伝で受け継がれています」
毎年、米も環境も違うなかで仕込む酒。だからこそ「杜氏は毎年一年生」という言葉があると久保さんは言います。
「その年、最初の酒を搾って“できたな”と思える瞬間が、一番うれしいですね」
味わいの個性と、自由な楽しみ方
日本酒との意外な組み合わせを語っていただく
久保本家酒造の代表的な味わいは大きく三つ。
ひとつは、辛口のにごり酒。甘いものが多いにごり酒の中で、すっきりとした旨味が特徴です。
もうひとつは、長期熟成酒。5年、10年と時を重ね、ウイスキーのような色合いと深みを帯びた味わいに育ちます。
「タイ料理や中華、イタリアンにも合います。にごり酒はタイ本国にも輸出していますよ」
さらに、久保さんは“遊び”のある飲み方も提案します。
「炭酸割りや、熟成酒の炭酸割り“ヴィンテージ・ハイ”。燗酒にフルーツを入れる“カングリア”もおすすめです」
伝統を守りながらも、固定観念にとらわれない姿勢が印象的です。
酒蔵は、自分そのもの
道の駅の目の前にある酒造カフェ
「酒蔵は、自分そのものですね」
そう語る久保さん。現在は息子さんが神戸・剣菱酒造で修行中。OJTを通じて、次の世代へ技と哲学をつなごうとしています。
酒蔵の向かいには、発酵食を楽しめる「酒蔵カフェ」もオープン。塩麹や酒粕を使った料理を、奥さまが手がけています。
そして、もうひとつの顔が“チェリスト”。
「ロンドン時代に大家さんがロンドン・シンフォニーのチェリストで。そこからですね」
“居酒屋のチェリスト”“セロ弾きのニゴーシュ”の異名を持ち、今も演奏活動を続けています。
★書籍紹介
久保氏の書籍
※久保順平氏の著書紹介
書名:世界の富裕層を魅了する「日本酒」の常識 元ファンドマネジャーの蔵元だから語れる本当の話
低迷する国内消費に対し輸出好調の日本酒。海外は日本酒の魅力をどう見ているか。愉しみ方から蔵元経営、SAKE投資までを解説した異色作。日本酒の魅力を日本の歴史や文化をひも解きながら解説。ビジネスパーソンとしての教養、とくに海外でビジネスをする人にとっても参考になります。